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最高裁判所大法廷 昭和25年(あ)1545号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人等の負担とする。

理由

弁護人宮崎梧一の上告趣意について。

所論は刑法九八条及び同法一〇二条は囚人が拘束からの離脱を求める天賦の人権を侵害するものであって憲法一一条に違反するものであり、かかる違憲の諸条規を適用した第一審判決をそのまま是認した原判決は結局違憲の判断をした違法があると主張するのである。しかし憲法は理由があれば被疑者が拘禁され抑留されうることを認め且犯罪による処罰の場合には犯人に肉体的拘束が加えられることを是認している。(憲法三四条、三一条)従て所論未決若しくは既決の囚人が拘禁の苦痛を免れようとする衝動から逃走するのは、憲法が保障する自由を回復する行為ではない。なぜならば未決、既決の囚人がその身体の自由を制限されている場合には法律の定める手続によらなければ右自由を回復しえないものだからである。そしてかかる囚人の自己逃走を処罰するために設けられた前記刑法規定は公共の福祉を保持するために自由の制限を認めたものであって、所論のごとき違憲のかどは認められないから論旨は採用できない。

被告人中島章一の上告趣意について。

所論は結局量刑不当の主張であるから刑訴四〇五条所定の理由にあたらない。

よって刑訴四〇八条、一八一条一項に従い主文のとおり判決する。

以上は裁判官栗山茂の少数意見を除く他の裁判官一致の意見である。

裁判官栗山茂の少数意見は次のとおりである。

国会は国の唯一の立法機関であって、それを組織する職員は裁判官と等しく憲法を擁護し尊重する義務を負うものであるから、かかる国会の立法行為はもともと憲法に適合しているという強い推定を受ける性質のものであることは三権分立を国政の基礎とする建前から自ら明らかである。と同時に憲法上立法権の専断的行使を抑制(チェック)する一方法として裁判所は訴訟の形式においてだけ違憲法律の審判ができることになっているのである。これを通俗に司法の優位と呼んだからといって憲法上の機関として司法権が立法権に優位するのではないから、裁判所は争訟がないのに(争訟がないということは当事者から違憲性の主張がないということと同じである。)法律が憲法に適合するかしないかについて調査をしてその意見を表示する権限までも含むものではない。されば裁判所は当事者から法律の違憲性について主張がないにもかかわらず、性質上適憲性が推定されている法条を解釈適用するに当って、一々該法条が適憲であるかどうかを判断した上で事案を処理しなければならないものではない。なる程裁判官も憲法を擁護し尊重する義務があるから理論上は事案処理のために適用すべき法条の違憲性が極めて明らかな場合はかかる法条の適用を拒絶することもできると云えるけれども、もともと裁判官自ら違憲な法律であると考えても訴訟にならない限り違憲法律審査権を行使することができないと同じように、そして裁判所としては訴訟に伴って当事者から法律の違憲性の主張があるから事案処理上やむをえず(違憲性の審判それ自体というよりは事案の審判のためである。)その主張に審判権を及すに過ぎないものであるから、訴訟において当事者の主張がない限り、刑訴三九二条二項の規定にかかわらず、裁判所は、職権発動による違憲法律の審査は右審査権の本質からして厳に避くべきものと考える。

上述の考方からして、私は当事者においても違憲法律の主張は訴訟の早い段階からさるべきものと思う。即ち第一審で違憲法律の主張をしなければ、少くとも第二審で刑訴三八〇条による主張をしなければならないものと考える。控訴裁判所は控訴趣意書に包含されている事項を調査すればよいから、その中に第一審判決の適用法条の違憲性の主張がなければ第二審判決の審判の対象となりえないことは明らかである。いかに違憲法律の主張でも控訴審で主張されず従ってその判断を経ていない事項について最高裁判所に不服の申立ができようはずがないのである。されば本件論旨のような原審で主張もせず(原審では単に量刑不当の主張をしたにとどまる。)上告するために案出したような違憲法律の主張は不適法な上告趣意たるをまぬがれない。然るに多数意見は本件論旨について判断を与えた上棄却しているのであるから、本件上告を適法としたことは明らかである。ただ如何なる理由で適法な上告としたかについては明示するところがないが、これを適法とするからには或は原審で主張しなくても上告趣意書に初めてかかる主張があればよいとしているが、然らずんば下級審が当事者からの主張がなくとも所論刑法の条規を適憲なものと判断して適用しているという前提に立っているかである。しかし違憲法律の争については当裁判所が第一審裁判所となれるという特に法律の定めがない限りかかる解釈は誤りであり又下級審で本事案を審判するに当って所論刑法の適条を多数意見と同じ線で違憲でないと判断したかどうかは不明であるばかりでなく、ただ漫然と右諸条規を適憲であると判断したとすると、さような理由のわからない独断的な判断は違憲法律の審査としての判断ということは到底できないものである。両者いずれも裁判所による違憲法律審査の本質に戻る考方と断ぜざるをえない。以上の理由で多数意見には同調することができないから、本件は不適法な上告論旨として排斥すべきものと思料する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎)

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